園長のひとりごと

こども園、福祉全般、寺院関係、走ること、食べること、いろいろと。

『学校の「当たり前」をやめた。』

以前読んだ本だけど、今でも時々思い出しては読み直しているのが『学校の「当たり前」をやめた。 ―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(工藤勇一)。

 

2014年に千代田区麹町中学校の校長に就任し、子どもの自律を重視した教育改革に取り組み、宿題廃止、定期テスト廃止、固定担任制廃止など、従来「当たり前」とされてきたことを覆した方。本を読むと、一般的には当たり前のことを淡々と進めてきたと思うことばかりだけど、学校の「当たり前」は世間の当たり前と大きく違っているからこそ、工藤さんの取り組みが注目されたと思う。

考えさせられたのは、職員間の互いの呼び方を見直した話。学校では教員同士でも「◯◯先生」と呼び合うのが通例だけど、「校長」と「副校長」を除いて「◯◯さん」と呼ぶことをルール化したこと。「先生」は本来子どもの立場から見た敬称で、子どもがいない職員室でも「先生」と呼び合うことに違和感を覚えていたと。これが人権感覚でもあるというのが工藤さんの考え。

これは学校だけではなく保育園でも同じで、互いに「◯◯先生」と呼び合っているし、保護者からもそう呼ばれている。このことについては何かおかしいよなーとずっと思っていて、でも明確な考えを持てずにズルズルときてしまっている。先生と呼ばれることで自分の方が上なんだと無意識のうちに上下関係ができてしまう、それを人権感覚の問題と考えておられるのか。それとも先生を付けることで先生と言われる平均的な役割を無意識に求めてしまい、個人を大切にできていないことになるのが人権感覚の問題と考えておられるのか。どちらなのかはわからなかった。両方なのかも。シンプルに「先生」と呼ぶのは自分にとっての先生だけにして、同僚とは「さん」で呼び合おうとするだけでいいと思う。とにかく「さん」付けに統一することには大賛成。