50/50『東京四次元紀行』
50冊チャレンジの50冊目は『東京四次元紀行』(小田嶋隆)。先月亡くなったコラムニストの小田嶋さんが初めて書いた小説で、これが最後の作品だと思われます。コラムはいつも秀逸で、では小説はどんな感じなんだろうと楽しみにしていたところ、あまりにもおもしろくてビックリしました。あれだけの文章を書く人だからビックリなんて失礼なんだけど、本当におもしろい内容です。2022年5月に書かれたあとがきに
『ただ、私はこれらの作品をあれこれいじくりまわしている間、とても楽しい時間を過ごすことができた。「書いていて自分が楽しかった」ということだけで、小説は小説の役割を果たしているのではなかろうか。その意味で、今では、小説こそ素人が書くべきジャンルの文芸である、と考えるようになった(もっと早い時期に書いていればよかったなあ)。』
とありました。もっと早い時期に…というのが小田嶋さんの素直な思いとして伝わってきて、とてもとても切なくなりました。コラムも小説もそれ以外の活動も、まだまだ続けたかったんだろうなあと。
小田嶋さんの文章と出会ったのは13年くらい前になるかと思います。ものの見方が独特で、ふざけた姿勢で見ているようにも見えて実はとても真っ直ぐ見ていたり、対象を茶化しているようで実はとてもとても深い敬意が感じられたりと、この人から学ぶことは多すぎるといつも感じていた人でした。亡くなられた後、毎週のコラムや本をもう読むことができないのか、Twitterでの小田嶋さんならではのやりとりを見ることができないのか、そんなことを思うととても悲しくなりました。出会って以降、勝手に自分自身の思考を見直す際の指標にしていた方でもあったので、自分でもびっくりするくらいの喪失感がありました。
小田嶋さんの親友であった岡康道さんが亡くなったときの小田嶋さんの落胆した様子も、ラジオ等で話されているのを聞いただけですが、なぜかよく覚えています。その思いが亡くなられる前の行動につながっていたと知りました。
小田嶋さんが電話をくれたのは、彼の親友だった岡康道さんが急逝された時に「最後の挨拶ができなかったことが友人として悔いが残った」のでそういう思いを自分の友人にはさせたくないからという理由からでした。小田嶋さん、ほんとうに気遣いの行き届いた人でした。
— 内田樹 (@levinassien) June 24, 2022
そんなことも思い出したので小田嶋さんと岡さんの対談を聞き直しています。やっぱりおもしろい。だからこそすごい方が亡くなられたのは本当に残念です。そういえば小田嶋さんが出演されたイベントには2回参加しました。結構無理して参加したんですが、無理してでも行っておいてよかったです。小田嶋さんの言葉を直接聞くことができたのはいい思い出です。